横田・基地被害をなくす会
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米軍・横田基地

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横田基地と住民運動の歴史

西暦(年) 横田基地の歴史と周辺住民の動き 他の基地・社会の動き
1945 米陸軍,旧帝国陸軍が多摩飛行場(現横田基地北側部分)を接収。  
1946 米軍,東京都の上水道用地を接収。現武蔵村山市の字名から横田飛行場と命名。  
1960 第41航空師団第3爆撃隊(B57爆撃機,F102戦闘機等)移駐。昭島市堀向自治会,市議会に移駐反対等を請願。  
1961 B52飛来。基地周辺市町,騒音防止や接近灯設置反対運動を行う。  
1962 キューバ危機で緊急発進体制に入る。基地拡張で,基地北西側の国道16号線,八高線がねじ曲げられる。基地包囲集会に10万人参加。 キューバ危機。
1963 板付基地F105部隊,横田移駐計画発覚。三多摩16市町村議会で移駐反対。 埼玉県毛呂山町にB57墜落。
1964 立川駅構内でタンク車暴走・炎上。米軍,KC135輸送機とF105戦闘機部隊を強行移駐。横田基地包囲集会に13万人が参加。日米合同委員会,横田基地の騒音軽減等を決定。F105の衝撃波で昭島市内の民家等のガラスが割れ負傷者。昭島市と昭島市医師会児玉日本女子医大教授に騒音の影響調査依頼。 米軍機町田市商店街に墜落。トンキン湾事件勃発。米軍機大和市の鉄工所に墜落。
1965 F105青梅市に墜落。F105相模原市に墜落。C141輸送機横田基地に本格就航。昭島市F105の横田からの撤退,夜間飛行の禁止等を国に要請。 米軍ベトナム戦争北爆開始。
1966 昭島市議会がF105撤去,騒音激増に反対する決議を全会一致で採択。  
1967 昭島市内の井戸でジェット燃料流出発見。F105府中市に墜落。米軍,F4戦闘機強行配備。昭島市F4戦闘機配備反対を国に要請。  
1968 昭島市堀向地区の集団移転開始。昭島市議会,米空軍の横田基地からの即時撤退を決議し,国に要求。 ベトナム戦争北爆停止。F4九州大学に墜落。
1969 F4埼玉県元狭山に墜落。基地周辺市町,騒音公害対策の強化と飛行制限を国や米軍に要求。米空軍輸送軍団(MAC)横田基地使用開始。立川基地よりC130移駐。 大阪空港公害訴訟提訴。
1970 横田で有毒ガス貯蔵標識発見。C5A輸送機定期就航。東京都や周辺自治体,C5A運行反対決議をあげる。  
1971 F4,横田から沖縄と米本土に移駐。大型輸送機の離発着訓練激化。ベトナム戦争激化でF4再飛来。滑走路南端に大型ヘリコプター墜落。 沖縄返還協定調印。
1972 日米首脳,関東地区の米軍施設の横田統合を決定(関東計画)。日米合同委,基地拡張を決定。昭島市堀向地区にミドルマーカーの設置強行〜中断。基地周辺市町,基地統合と拡張に抗議。東京都,横田基地内の都有地返還訴訟提起。周辺住民,横田基地爆音訴訟準備会(後「横田基地爆音をなくす会」)結成。 米軍,ベトナム北爆再開。米地上軍,ベトナム撤退終了。
1973 基地北側地区等追加提供。瑞穂町,町民ぐるみで反対。ミドルマーカー工事再開。 ベトナム戦争停戦。
1974 横田基地に在日米軍司令部及び第5空軍司令部を開設。 大阪空港訴訟地裁判決〜控訴。 ベトナム戦争終結。
1975 第345戦術空輸中隊(C130等)横田移駐強行。基地周辺市町,345部隊移駐抗議。周辺住民,「爆音をなくす会」中心の345部隊移駐反対市民連絡会議反対運動。 小松基地訴訟提訴。大阪空港訴訟高裁判決。
1976 横田基地公害訴訟(第1次)提訴。米韓合同演習開始〜定例化。 厚木基地訴訟提訴。
1977 横田基地公害訴訟(第2次)提訴。この年から,政府が思いやり予算で米軍の住宅など各種施設の整備を行う。 F4横浜市緑区に墜落。立川基地全面返還。
1978 横田基地内で,核事故演習「ブロークンアロー」実施。 日米防衛協力の指針合意。
1979 東京都,都有地返還訴訟取り下げ。 ('80)イラン・イラク戦争開始。
1981 横田基地公害訴訟第1・2次訴訟地裁判決(賠償のみ勝訴)〜高裁へ控訴。
横田基地内で,核弾頭を装備できるアスロックのコンテナ発見される。
大阪空港訴訟最高裁判決。
1982 横田基地公害訴訟第3次訴訟提訴。基地司令部地下に核シェルター確認。 嘉手納訴訟提訴。厚木基地訴訟地裁判決〜控訴。
1983 米軍,空母艦載機のNLP強行。周辺自治体と訴訟団中心の市民団体が反対。 大韓航空機事件。
1984 滑走路改良工事が行われる。神奈川県藤沢市にヘリコプター墜落。 第2次厚木基地訴訟提訴。
1985 昭島市堀向地区のミドルマーカー撤去。  
1986 滑走路改良工事が行われる。艦載機NLP再開。 厚木基地訴訟高裁判決。
1987 横田基地公害訴訟第1・2次訴訟高裁判決(地裁判決を上回る賠償勝訴)〜最高裁へ上告。基地主催の日米親善祭での自衛隊ブルーインパルスの曲技飛行中止。  
1988 横田基地公害訴訟第1・2次訴訟の賠償金執行の2弁護士を,国が訴える。 福岡空港訴訟地裁判決。
1989 横田基地公害訴訟第3次訴訟地裁判決〜高裁へ控訴。横田基地内で米軍と自衛隊の共同訓練実施。フィリピン・クラーク基地からC130,C9等の部隊強行移駐。  
1990 親善祭で米軍機展示飛行(曲技飛行)強行。滑走路工事。基地を囲む人間の鎖実施  
1991 湾岸戦争に横田の部隊も参加。東京都,艦載機の訓練に初めて中止要請(以降訓練が行われるたびに周辺市町とともに中止要請を行う)。滑走路工事。 湾岸戦争勃発。小松基地訴訟地裁判決〜控訴。横須賀母港の空母,ミッドウェーからインディペンデンスに交替。
1992 艦載機訓練等で飛行回数増加。仮執行裁判地裁判決〜国が控訴。滑走路工事。基地管理部隊が第347空輸航空団に変更。 福岡空港訴訟高裁判決。厚木訴訟第2次地裁判決。
1993 2月横田基地公害訴訟第1・2次訴訟最高裁判決(高裁判決で確定)。11月日米合同委員会合意事項改訂(夜間〜早朝の飛行自粛)。仮執行裁判和解。基地内タンクの航空機燃料大量漏出発覚。 厚木基地訴訟最高裁判決(高裁差し戻し)。
1994 3月横田基地公害訴訟第3次訴訟高裁判決(賠償勝訴)〜訴訟団・国双方上告断念のため判決確定。12月横田基地公害訴訟終結。横田基地飛行差し止め訴訟提訴。 福岡空港訴訟最高裁判決。
嘉手納基地訴訟地裁判決〜控訴。小松高裁判決〜確定。
1996 4月C130基地外に砂袋誤投下。新横田基地公害訴訟提訴。 95年:小松3次訴訟提訴。
1997 新横田基地公害訴訟地裁判決(米軍政府に対する訴え部分却下)。 厚木基地訴訟第3次提訴。
1998 1月直前通告でNLP強行。本土で実弾射撃訓練の兵員輸送中継基地として利用。C9がエンジン火災でカバーを落下。新横田基地公害訴訟高裁判決(米政府に対する訴え部分棄却)。燃料漏れ事故発生。 嘉手納基地訴訟高裁判決(賠償勝訴)〜確定。北朝鮮テポドン発射。横須賀の空母,インディペンデンスからキティホークに交替。
1999 石原東京都知事,横田基地の軍民共用化を提案。5月C130訓練中に町田市民家屋根に砂袋誤投下。 NATO軍ユーゴ爆撃。新ガイドライン関連法案成立。厚木2次訴訟高裁判決〜終結。
2000 NLP訓練に横田基地周辺の市町が中止要請〜米軍はNLP予定を繰り上げて終結。横田基地で日米合同防災訓練。2001年10月〜9ヶ月間をかけて横田基地滑走路の大改修を行うことが日米合同委員会で合意。横田基地に関する東京都と周辺市町連絡協議会,横田基地返還を目的とする方向を確認。 突然のNLPに三沢市,大和市で友好中断表明〜岩国市も猛反発〜NLP予定を繰り上げて終結。
2001 横田基地滑走路大規模工事始まる。東京都防災訓練で横田基地使用。9.11テロ以後基地の警備厳重に。16号線を挟んで基地内より銃座が築かれる。 9/11ニューヨークWTC等に航空機テロ突入。
2002 新横田訴訟,米国相手は敗訴(4月最高裁)も国相手は賠償勝訴(5月地裁)〜控訴。5月横田基地飛行差し止め訴訟結審。7月基地滑走路工事終了。年に4回程度の対テロ訓練始まる。サイレン音に抗議の声集中。 小松訴訟地裁判決〜控訴。厚木第3次地裁判決で賠償勝訴。普天間訴訟提訴。
2003 5月横田基地飛行差し止め訴訟地裁判決(賠償勝訴)。9月C9全機(4機)引退。 イラク戦争始まる。
2004 東京都,横田基地の軍民共用化に動き出す。5月C130が金属片落とす。米軍再編記事がマスコミを賑わす。基地友好祭中C130からヘルメット落下事故。横田基地所属のヘリ,故障のため,横浜市内,沼津市,調布市に緊急着陸続く。 沖縄国際大学に普天間基地所属のヘリ墜落。
2005 5月瑞穂町で「軍民共用化に反対する会」結成。7.31軍民共用化を考えるシンポジウム開催。10月米軍再編で横田基地の軍軍共用化等が大筋合意。11月新横田訴訟控訴審判決〜賠償勝訴・飛行差し止め棄却〜国が一部将来請求を認容を不服として上告も過去賠償は確定。瑞穂町長と昭島市長が横田の軍軍共用化容認発言。 新嘉手納訴訟地裁85W内居住者のみ賠償勝訴。 普天間移設,名護市で大筋合意。
2006 5月在日米軍再編最終合意。2010年に横田に自衛隊航空総隊司令部の移転合意。10月横田空域2008年9月までに南側の4割返還合意。 厚木3次訴訟高裁賠償勝訴〜確定。
2007 3月横田基地と関連施設で99〜06年に有害物質流出事故90件判明。5月新横田訴訟最高裁判決(将来請求,飛行差し止め棄却)。7月C21Aに替わりC12J配備。7月横田基地飛行差し止め訴訟高裁結審。 小松第3・4次訴訟高裁賠償勝訴判決〜確定。厚木第4次訴訟地裁提訴。
2008 横田基地内で自衛隊航空総隊司令部庁舎新設工事開始。ヘリからペットボトル落下,C130がアンテナ落下などの事故が続く。7月14日横田基地飛行差し止め訴訟控訴審判決=賠償勝訴も差し止め棄却〜一部原告が上告し,あとは確定。基地に新管制塔完成。横田空域一部返還。 普天間訴訟地裁判決〜控訴。小松第5次訴訟地裁提訴。全国基地爆音訴訟原告団連絡会議結成。
2009 横田基地内の国防財務会計事務所全焼〜使用汚濁水が福生市南田園の池に流れ込み,魚数百匹が死ぬ。4月10日横田基地飛行差し止め訴訟最高裁決定=控訴審判決で確定。12月13日横田基地飛行差し止め訴訟団解団。 新嘉手納訴訟控訴審判決〜一部原告上告。岩国基地訴訟提訴。
2010 6月27日横田・基地被害をなくす会発足。11月12日武蔵村山ロープ事件地裁判決〜一人の米兵の子・少年にのみ執行猶予付きの有罪判決。12月17日次期中期防で「(航空自衛隊の)横田基地新設」と表記〜福生市など抗議。航空自衛隊航空総隊司令部の横田基地への移駐が2011年にかけて行われる。 普天間訴訟高裁判決〜一部原告上告。
2011 横田基地,東日本大震災の復興支援「トモダチ作戦」の拠点となる。 新嘉手納爆音訴訟最高裁で上告を認めない決定。
第3次嘉手納爆音差止訴訟提訴。
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